鈴木遊助の”ツッコミ道場”

日常に、ツッコミを。

#13 Falling Language

世の中、どんな商売が日の目を見るかなんてのは、素人には計りかねるもんでございます。

 

私みたいに人様の前でお高く座って話すだけの商売もあるわけですから、世も末というかなんというか。

 

結局商いがどう転ぶかなんてわからないってんであれば、時には運否天賦に任せて博打に出てみるってのも一興なのかもしれません。

 

 

 

 

 

番太「傘はぁいらんかね、傘はぁいらんかね。あ、お前さん、傘はいらんかね?これがありゃあ午後に槍が降っても人安心ってなもんよ!」

 

男「いらねえよ。俺の顔よりお天道様の顔を伺いな、雨も涙も枯れた顔してるじゃねえか。」

 

番太「なんでえ、ケチくせえ!」

 

男「晴れの日に傘さす酔狂な男になるくれえなら、ケチ呼ばわりされた方が何倍もマシってもんよ。」

 

番太「ケッ、そんなこと俺が一番わかってるってんだよ、しゃらくせえ。これが博打なら、一刻もしないうちに土砂降りになってあいつがずぶ濡れになる方に手持ち全部ツッコんでやるってのに…」

 

(雨、降る。)

 

番太「オイオイオイこいつは…お天道様も随分と気が利くってもんじゃねえか!本当に賭けてりゃひと月は食うに困らなかったんじゃねえか!?ッハッハッ…」

 

番太「というか、こりゃうまくすりゃ一山あてられるんじゃねえか?雨で賭け事、みてえな…」

 

番太「これぞ名付けて、”雨丁半”だ!」

 

 

思いついたが吉日てなもんで、番太はすぐに準備に取り掛かった次第でございます。

 

番太「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!晴れの日限定、世にも珍しい”雨丁半”でもいかがですかい!賭けるは簡単、巳・午・未の描かれた傘を買うだけ!明くる日の、傘の絵と同じ刻に雨が降りゃ万々歳!傘だけじゃなく銭まで手に入るってえ寸法でござい!」 

 

 

客「おもしれえ、一発あててやるか!巳の傘ひとつくれや!」

 

客「あらいいねえ。この可愛らしい未の傘をいただこうかね。」

 

番太「まいどまいど!旦那や女房、親・子・同僚にも”雨丁半”、”雨丁半”をぜひぜひお伝え下せえ!」

 

雨に賭博っつう物珍しさからか、傘は売れるわ売れるわ。しかも天気予報なんてものもない時代でございますから、当たる確率なんてのも知れたもんで、番太は傘屋兼胴元として小銭を稼いでおりました。

 

そうは言っても所詮は素人の思い付きでございます。傘っつうのは大切にすりゃあそこそこ持つもんで…

 

番太「雨丁半傘、いかがかね!?ああ、もう持ってる、そうかい…そっちの兄ちゃんはどうだい!…五兄弟全員分あるのか、そうかい…」

 

番太「だあもう駄目だ!この辺一帯はみ~んな傘持ちになっちまいやがった。ここいらでの商売はそろそろ終えて、別のところにでも…」

 

なあんて考え始めたある日のこと。

 

 

女「そこな兄さん、ちょっといいかい。」

 

番太「こりゃあべっぴんさん。あっしに何か用ですかい?」

 

女「昨日ここで巳の傘を買ったんで、ちょうどいいから兄さんと見ていこうかと思ってねえ。」

 

番太「お、そうかい。あんたみてえな美人さんの顔を忘れるたああっしもひどい男だ!そんじゃ、あと半刻ほど話でもしながら雨を待つとしますかね。しかしいや残念でしたねえ。こんなピーカン晴れの日に賭けちまうとは。売ったあっしが言うのもなんですが、こりゃ厳しい賭けでしょうよ。」

 

女「ふふ。まあ気まぐれに買っただけのもんだからね。そういうこともあるさ。にしてもこの傘、よくできているねえ。色合いや蛇の目柄も細かいうえに、別の日に使いまわせないように模様を変えていたりと細部まで手が込んでいて大変だったよ。職人の鑑だねえ、お兄さん。」

 

番太「こりゃ照れますな。ほめても何も出ませんよ。あ、ちょいと分け前、なんて言わんでくださいよ!断れる自信がないんですから!」

 

女「クスクス、こりゃ残念。」

 

(雨、降る。)

 

女「おやまあ、どうやら負けてもらう必要もないみたいねえ」

 

番太「オイオイオイ、そんな話があるかい。今にも午の刻になろうって時に、狐の嫁入りたあ…」

 

女「お兄さん、当てが外れて残念だったねえ。でも賭けは賭け。頂いてもいいかい?」

 

番太「あ、ああ。まあこんなこともたまにはあるわな。うっ、しかも今日の巳の刻の戻りはまあまあ高いなあ。いやお姉さん、いいツキ持ってるねえ。」

 

女「あたいにツキなんて大層なもんはないよ。おっと、ひいふうみい…確かに。”上手くいって”良かったよ。そんじゃお兄さん、今日は大変だろうけど頑張ってね。」

 

番太「はは、いやなこと言うねえ、またどうぞ!…ふう。いや天気雨とは驚いたが、昨日売れた巳の傘は大した数じゃあねえ。胴元が損するわけもねえしな。」

 

番太「はい、いらっしゃい!ああ、引き換えね…昨日の巳の傘、たしかに。また買っていかれますかい?…いらない、そうですか。まいど!」

 

番太「おやいらっしゃい。…引き換えね、いやあツイてますねえお兄さん!またどうぞ~!」

 

番太「いらっしゃい。あんたもか…ああいや!こっちの話ですよ!はい、引き換えね、まいど~…」

 

その後も引き換えの客でてんやわんやです。

 

番太「まいどあり!…はて、昨日の巳の傘はこんなに売れたっけねえ。…ん?お客さん、尻のところから何か出てますぜ。ってこりゃあ、尻尾…?」

 

客「ギャッ!」

 

ぼむんっと音が鳴り客がきつねになったかと思えば、周りの客たちもぼぼぼむんといっせいに変化して、そいつらが持っていた巳の傘たちもぼぼぼぼぼぼむんと狐の姿に早変わり、次の瞬間には山の方へと蜘蛛の子散らしたみたいにすたこら逃げ去って行ってしまいやした。

 

残ったのは、尻尾をつかまれた子狐一匹と、一杯食わされた男一人。

 

番太「なんだあ、こりゃ。…お、おい狐!おめえら俺をだましやがったな!」

 

狐「ひっ…ど、どうにかお助け下せえ!」

 

番太「そういや最初にきたあの女の客、傘の模様が丁寧で『大変だった』とか…あ、『上手くいった』なんて抜かしていやがったな…ってことはまさか、さっきのは本当に狐を嫁入りさせて降らせやがったのか!?」

 

狐「お、仰る通りでございます。あのお旦那、後生ですから、命だけはご勘弁いただけねえでしょうか…あたいにできることであれば、お仕事でも何でもお手伝いいたします!どうか、どうか後生ですから!」

 

番太「それこそ狐につままれたみてえな話だが…ふむ。おめえメスだよな?」

 

狐「へえ、左様で。」

 

番太「ほお、そうかいそうかい。てめえには、さっき取られた銭の分まで身を粉にして働いてもらわなきゃいけねえからな。」

 

番太「そんじゃあさっそくだが、白無垢と風呂敷一杯の三行半を用意してきな!」

 

番太「これぞ名付けて、”雨八百長”だ!」